東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8867号 判決 1964年2月04日
判 決
東京都大田区女塚三丁目二九番地
原告
島崎徳治
右訴訟代理人弁護士
飯畑正男
同都同区道塚四〇一番地
被告
手塚全也
右訴訟代理人弁護士
村上政之助
右当事者間の昭和三七年(ワ)第八、八六七号損害賠償請求事件について当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
(1) 被告は、原告に対し金一七〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの年五分の割合の金員を支払え。
(2) 原告のその余の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の、その余を被告の負担とする。
(4) この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「(1)被告は、原告に対し金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。(2)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一、原告は、昭和三七月五月二六日午後四時四〇分頃、第一種原動機付自転車(以下原告車と略称する)を運転し、東京都大田区原町六五番地附近の交差点を通行中、左方道路から進行して来た被告運転の軽三輪車(第三品あ〇二三六号、以下被告車と略称する)と右交差点で衝突し、よつて原告は、負傷した。
二、本件事故は、被告がその所有の被告車を自己の営業のため自ら運転中発生したものであるから、被告は、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
三、本件事故による損害は、次のとおりである。
(一) 治療費 金一一六、四〇〇円
原告は、本件事故により左下腿打撲挫傷、左膝蓋骨骨折、左第一趾骨骨折の傷害を受け、その治療費として合計一一六、四〇〇円を支出し同額の損害を蒙つた。
(二) 得べかりし利益の喪失による損害 金一二五、〇〇〇円
原告は、本件事故当時東京都ジョツキイ倶楽部の職員として勤務し、給料月額二五、〇〇〇円を得ていたが、前記受傷のため勤務することができす、本件事故当日以降昭和三七年一〇月二五日まですでに合計金一二五、〇〇〇円(五ケ月分の給料)の得べかりし利益を失つた。
(三) 精神的苦痛による損害
原告は本件事故当時満五七才(明治三八年四月一〇日生)で、大正七年三月北海道函館市榎川小学校卒業後、暫く家事手伝いをしていたが、昭和七年上京し、昭和二七年六月以降競馬調教師と騎手の会である東京ジョキイ倶楽部に勤務し、馬糧加工管理業務を担当し、前記の給料収入を得ていた者である 而して家族としては妻及び四男(日出男満二五才)、長女良子(満二七才)があり、原告は、一家の家計を支えていたものであるが、前記受傷のため三九日間に亘り入院し、退院後今日に至るまで通院加療中であり、現在もなお左膝蓋骨骨折部分及び左第一趾骨骨折部分に疼痛を覚え、歩行が極めて困難で、完全に治癒するかどうかも危ぶまれている状態である〓従つて原告は、金銭で計り難い苦痛を受けているから、前記一切の事情を総合し、慰藉料の額は金五〇〇、〇〇〇円が相当である。
四、よつて原告は被告に対し、自動車損害賠償保障法第三条により、前記損害合計金七四一、四〇〇円の内金五〇〇、〇〇〇円及び本件訴状送達の翌日である昭和三七年一一月二二日以降右完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める
と述べ、被告の抗弁に対し
一、本件事故が、原告の過失によつて発生したものであつて被告に過失がないとする被告の主張を否認する。この点に関する被告の主張事実中後記原告の主張に反する点は否認する、被告車に構造上の欠陥、機能の障害がなかつたことは争わない。
二、原告は、道路左側を通行して本件交差点附近に至り、その手前で一時停止の上、左右の交通の状況を確かめたところ、左側方から被告車が進行して来るのを認めたが、右自動車は、未だ数十米の先の地点にあつたことから、原告は、安全にその前方を通過し得るものと判断して進行し、交差点中央附近(この時の原告車の時速は一〇粁)位に至つたところ、被告自動車が減速することなく進行して来たため衝突するに至つたものである。従つて本件事故は、被告の過失に基くものであつて、原告に過失がない。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
原告主張事実中第一、二項の事実は認めるが、第三項の事実はいずれも不知と述べ、抗弁として、
一、本件事故は、原告の過失によつて発生したものであつて、被告に過失がない。すなわち
(一) 被告が進行した道路の幅員は七・八〇米であるのに、原告が進行した道路の幅員は七・七〇米である許りでなく、本件交差点は交通整理が行われていないが、交通の安全を図るため、原告の進行した道路の交差点入口左側に公安委員会によつて設置された一時停止の標識がある。すなわち、被告の進行した道路は、原告のそれに対して優先道路というべきである。
(二) 被告は、本件交差点にさしかかるに際し、速度を約三〇粁から約二〇乃至八粁程度におとし、さらに左右両側の道路から当該交差点に入つている車輛のないことを確かめた上、交差点にはいつてから加速を開始した際、右側道路の中央より左側を進行して来た原告車が突然飛び出し、被告車の胴体に突つ込むように激突したものである。
(三) 右のように被告は、本件交差点を通過するについてはすべて道路交通法の規定を遵守しているのに、反対に原告は、無謀にも一時停止の標識を無視して、一時停止をなすことなく交差点に進入したのみならす、その進行する道路の中央より左側を進行しなければならないのに不注意にも右側を進行し、よつて本件事故を惹起したものである。
三、被告車に構造上の欠陥、機能の障害がなかつた。
立証(省略)
理由
一、原告主張の日時、場合において、原告車と被告車が衝突し、因つて原告が負傷したことは、当事者間に争いがない。
二、被告が、その所有の被告車を自己の営業のため運転中、本件事故が発生したものであることは、当時者間に争いがないから、被告は自動車損害賠償保障法第三条の規定により、同条所定の免責要件を立張立証しない限り、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
三、次に被告は、本件事故につき過失がなかつたと主張するので以下この点について考察する。(証拠―省略)によると、本件事故現場は東方道塚方面から西方京浜第二国道方面に至る幅員約七、八〇米の道路と、北方矢口の渡方面から南方多摩川土堤方面に至る幅員約七、七〇米の道路(いずれもアスフアルトで舗装され、歩車道の区別がない)とが、ほぼ直角に交わる交差点であつて、その東北角に工場の建物があり、道路側溝に添つてトタン板塀が建てられているため、北方及び東方からそれぞれ本件交差点に至る道路は、互に見通しが不良であること及び北方から南方に至る道路の交差点手前左側に一時停止の標識があることを認めることができる。
被告は、本件事故当日被告車を運転して道塚町方面から本件交差点に向い、時速約三〇粁の速度で進行し、交差点手前で時速約二〇粁に減速して左右の安全を確認して本件交差点内に入つたと主張し、(証拠―省略)によると、被告は、本件交差点を通過するに際し、その直前で時速を約三〇粁から約二〇粁前後に減速したことを認めることができるが、左右の交通安全を確認した事実は、これを認めるに足りる証拠がない。もつとも被告は、交差点の手前で左右に気を配つたが、進行する車輛等を認めなかつたのでそのまま進行したと供述し、成立の争いのない乙第二号証もこれを支持するが如くであるけれども、一方成立に争いのない(証拠―省略)によると、
当時原告車は時速約二〇粁の速度で本件交差点の手前附近を進行していたことを認め得るのであるから、被告の側からこれを認め得ない筈はなく、仮りに左右を見たとしても、確認の方法としては著しく不完全であつたといわなければならない。従つて交差点手前で左右の交通の安全を確認したという被告の主張は採用することができない。
本件事故現場のように、交通整理の行われていない、左右の見通しの不良な交差点を通過するに際しては、たとえ左右の道路に一時停止の標識があつても、不測の衝突を避けるためその手前で何時でも停止し得るような速度に減速して徐行し、左右の交通の安全を確認して進行すべき義務があるから、右のように単に時速を約二〇粁程度に減速しただけで注意義務を尽くしたものといえないことは明らかである。
そして被告が右のような注意の下に進行したならば、その際原告側が一時停止をしたか否かに拘らず本件事故の発生を避け得た筈であるから、その際における原告の過失の有無は暫くおき、被告の右過失が本件事故の一因をなしたものといわなければならない。
従つて被告の主張する自動車損害賠償保障法第三条所定の免責要件のうち、その余の点については判断するまでもなく、被告は、本件事故によつて原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
四、損害。
(一) 物的損害。
(1) 治療費。
(証拠―省略) によると、原告は、本件事故により左下腿打撲挫傷、左膝骨骨折、左第一趾骨骨折等の傷害を受け、本件事故当日から昭和三七年七月三日まで入院し、次いで転医して同年一〇月まで通院加療し、その治療費として合計金一一六、四〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことを認めることができる。
(2) 得べかりし利益の喪失による損害。
(証拠―省略) によると、原告は、本件事故当時東京都ジョキイ倶楽部の職員として勤務し、給料月額金二五、〇〇〇円を得ていたが、前記受傷のため勤務することができず、本件事故当日以降昭和三七年一〇月二五日までに合計金一二五、〇〇〇円(五ケ月分の給料)の得べかりし利益を失つたことを認めることができる。
ところで先に認定した原告双方の速度と位置関係、(証拠―省略)によつて認め得る衝突地点が原告が一時停止をしたと主張する地点から僅僅五米を出ない事実と(証拠―省略)を総合して認め得る原告車のフオーク左側及び前輪フエンダーの後部附近と被告車の右前部特にバンバー及び右扉蝶番附近とが衝突した事実(原告車の前輪フエンダー後部の凹損痕と、被告車の右前部バンバーとがその形状においてよく一致する)に、原告本人尋問の結果(一部)及び証人(省略)の証言とを総合すると、原告は、本件事故当日原告車を運転し、時速約二〇粁の速度で本件交差点にさしかかつたが、その手前で一時停止することなく、そのままの速度で本件交差点内に進行したところ、左側方から進行して来る被告車を発見し、これと衝突を避けるため直ちに右に転把したが及ばず原告車の左前部と被告車の右前部とが接触して本件事故となつたことを認め得る。右認定に対する原告本人尋問の結果(一部)は、前記認定事実及び証拠と対照して措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、原告車の進行した道路の交差点手前に一時停止の標識があつたことは先に認定したとおりであるから、原告は、本件交差点を通過するに際し、その直前で停止した上、交通の安全を確認して進行すべき義務があるにも拘らず、これを怠つた過失があり、原告が前記注意の下に進行すれば本件事故を避け得た筈であるから、原告の右過失が本件事故の一因をなしたものというべく、本件損害賠償額の算定については原告の右過失を考慮すべきである。
よつて原告の右過失を考慮し、原告の前記物的損害金の合計金二四一、四〇〇円の中、被告の賠償すべき額は金七〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(二) 慰藉料
先に認定した本事件故の態様、負傷の程度、原被告双方の過失と原告本人尋問の結果によつて認め得る原告の年令(本件事故当事五七才)、職業(馬丁)、家族(妻及び成人した二子がある)、経歴(小学校四年終了後暫く農業を手伝い、後上京して昭和六、七年頃以降主として競馬関係の騎手、馬丁等の職業に従事して来た)及び現在なお左足が痛み、歩行が困難であることを考慮すると原告の精神的損害に対する慰藉料の額は、金一〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
そうしてみると、原告の本訴請求中、前記損害の合計金一七〇、〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、理由があるから正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判官 茅 沼 英 一